願わくは花のもとにて

謎の病と難病による入院生活の振り返りとその後の生活

病気・ケガ・障害 困難を乗り越え大切な人と共に生きる幸せ

 

私は、数年前に大きな病気をして今もその後遺症のようなものがあり

体は少しだけ不自由になりました。

 

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頑張っても、頑張っても

頑張った反動で、その分カラダがきつい、ツライと感じることもまだまだあります。

 

 

大切な人を支えるということ

家族だからこそ思える幸せのカタチ

 

先日、ある方と

家族として、障害を持つ人を支えられる幸せ

についてお話しをする機会がありました。

 

その方は、ご主人が交通事故に遭い脊髄損傷による下半身不随。

今もリハビリのために入院生活をされています。

 

事故に遭われた当初は生死をさまようほど重症で、意識が戻ってからも体が動かずとてもツライ経験をされました。

病院も何度か転院しながらリハビリに励んでおられます。

当初、動かなくなった体に精神的にも落ち込みが激しく

表情もあまり良くありませんでした。

 

久し振りにお見舞いに行った知人が、奥様とお話された時

「最近、主人が少し元気になってきたのが嬉しくて。今はそういう主人を見ていられるのが幸せです

とおっしゃったのだとか。

まだまだ体は動かず、出来ないことも多いのですが、以前より少しずつ何かが良くなっていることで

何より本人の表情が明るくなってきているご様子。

その表情の変化が嬉しいそうです。

 

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幸せのカタチは人それぞれ。

 

生きていることを実感するのは、いつだって困難に直面した時 だと私は思うのです。

病気やケガ、何か大きな出来事があった時、「生きてる」と実感する

 

病気やケガで今まで通りの生活ができなくなった時

それはやっぱりツライです。

たくさん落ち込んで、悩んで、後ろ向きなことばかり考えて

時には家族に八つ当たりもします。

この先、楽しいことなんんて何もないような気持ちにもなります。

 

そんな時

周りで支える家族はどんな気持ちでいるのか

どんな気持ちで寄り添ったらいいのか

答えなんてどこにもないのだろうけれど

過ぎていく時間の中で、いつか

出来なかったことが出来るようになる瞬間が訪れた時

一緒に笑えること

それだけで、良かったと思える瞬間が必ずあります。

 

それは、はたから見たら小さな小さな変化かもしれない

全く動かなかった指が、ほんの少し動いた

ペンを持てた、自分で起き上がることができた…

 

頑張っている本人、そばで支える家族

本人にしかわからないことはもちろんあるけれど

いつか

「そばで支えることができて、一緒に生きることが出来て幸せ」

そう思えたら素敵だなと心から思います。

 

共に生きること

どんな人、どんな日常にもあるささやかな幸せを共に感じて生きていける

そして、そんな人に出会えることこそ

幸せなんじゃないかと思っています

 

私も、

家族がいてくれることの幸せに感謝してこれからも頑張ろうと思います