願わくは花のもとにて

謎の病と難病による入院生活の振り返りとその後の生活

お彼岸と私を覚えていない祖母との面会

f:id:usagi-on-the-moon:20190322195237j:image

こんばんは。

春のお彼岸。祖父のお墓参りを兼ねて、施設に入っている祖母に会いに行って来ました。

 

祖父が亡くなってもうすぐ丸2年。

祖父母の暮らしていた町は、同じ県内でも我が家から遠く、高速を飛ばして車で2時間半くらい。

 

子どものころは、お正月や夏休みになると帰省していた私達も

大人になり、就職してからはほとんど帰ることがありませんでした。

 

記憶の中の祖父母は、まだ私が子どもだった頃の優しくて元気な姿。

祖父が亡くなり、久しぶりに訪ねた田舎の家は

たくさんの思い出が溢れていました。

 

その頃から、祖母は少しずつ物忘れが激しくなり

祖父の葬儀のあと、近くの施設で暮らすことに。

当時

慣れ親しんだ家を離れたくない

と、大騒ぎして嫌がる祖母を施設に入れるのは、とても辛い出来事でした。

 

面倒を見てくれていた叔母も体調があまり良くなく、

祖母の面倒を見るのは難しいのだと聞きました。

 

f:id:usagi-on-the-moon:20190324224503j:image

それから2年

私自身が体調を崩してしまい、祖父のお墓参りも

施設にいる祖母に会いにいくことも出来ないまま過ごし

ずっと気がかりだったのです。

 

母は、叔母やいとこ達と連絡を取り

時折、祖母の様子も聞いていたので、私は母から様子を教えてもらっていました。

 

「もう私のこともわからないみたい」

と、祖母のことを一番気にかけてくれていたいとこから聞いても

そんなはずないよね

と、信じられずにいた私。

 

長い間会う機会のなかった私のことはわからなくても

母や叔母のことはきっとわかるはず。

 

祖母の暮らす施設に着くと

施設の介護士さんが祖母を談話室のような場所へ連れて来てくれました。

 

私たちの顔を見て

「誰が誰だかさっぱりわからないけれど、大勢で何かあったの?」

と驚いた様子の祖母。

 

「A子だよ。おばあさんの娘」

と母が語りかけ、次々に自己紹介。

キョトンとする祖母は、顔を見てもわからない様子でしたが

名前は覚えている様子。

 

「嬉しくて今日は眠れないかも知れない」

と涙ぐむ祖母に連られ、涙ぐんでしまいましたが

思ったより元気そうな祖母に会えてホッとしました。

 

帰り際、子どものように泣きじゃくる祖母と離れるのは胸が締め付けられる想いでした。

「また来るね」

と祖母に約束し、後ろ髪引かれながら施設を後にしました。

 

遠いから、とか、自分自身の体調の心配はあるけれど

祖母が元気なうちに、出来るだけ会いに行きたいなと思った1日。

 

そのためにも、私自身が元気にならなければ!!