願わくは花のもとにて

謎の病と難病による入院生活の振り返りとその後の生活

【闘病日記④】転院ーそして検査入院

せっかく近くの病院で診てもらったのに、再び大きな病院へ逆戻り
癌じゃないと否定されたのに
癌かも知れない不安な日々へと逆戻り


私の生活が、大きく変わろうとしていた春でした

 
f:id:usagi-on-the-moon:20180716150219j:image

※このブログは、私が経験した病や入院生活について
当時つけていた日記をもとに、その当時の様子を振り返りながら綴っていく闘病ブログです

 

はじめましての方はこちらから

www.kisaragi10.xyz

転院の日


3月の終わり、人間ドックを受けたあの日から1ヶ月半ほどの時が経ち、私の住む街では雪が舞う日もあるまだ寒い時期
転院が決まったその日も冷たい空気で冬用のコートが必要な寒い朝でした


行ったことのない病院。

初診なので、予約した時間より早く到着し、病院へ入るととても大きく設備の良い綺麗な病院でした。
エントランスは吹き抜けになっていて、開放感がありまるでホテルのようだと思ったことを覚えています。

 

検査入院⁉︎

一通りの手続きや簡単な検査を済ませて診察室へ呼ばれた時には、到着から数時間が経過していました。


この時も付き添ってくれた母と一緒に先生の説明を聞くことになりました。
レントゲンや以前の病院での画像を見ながら話しを聞くと
一度入院して詳しく検査しましょう
ということに。


当時は仕事をしていて、ちょうど人事異動の発表が出たばかり。出来るだけ職場に迷惑をかけないよう日程調整や仕事の引き継ぎをして入院することになりました。

 

入院生活の始まり


大きな病院は入院待ちの患者さんも多く、緊急ではない限りベッドの空きを待って入院の手続きになります。
一応の入院予定日は決まりますが、確実な日は病院からの連絡待ちでした。


その間に入院生活に必要になりそうな物を揃え、職場にも挨拶し、徐々に苦しくなっていく呼吸に動くのが辛くなってきた頃入院しました。


入院中の担当医師の先生、看護師さんから簡単な説明を受けると

入院してすぐに、様々な検査が始まりました。
入院当日、胸腔鏡を使って水の溜まっている肺を直接観察し、同時に胸水を外へ排出するためのドレーンを入れる処置もありました。


これは、今思い出しても辛くなるくらい痛かったです。
もちろん麻酔をしていたのですが、病室で目が覚めた時にはあまりの痛みで過呼吸をおこし、しばらくは自分の力で起き上がることもできませんでした。


ドレナージ(脇腹から管を入れ、胸水を排出)するのですが、自分の体から排出されるその液体は異様で、見ていて怖く体を動かすたびにその管から痛みが伝わるため、寝返りを打つことすら困難で毎日痛み止めを使う日々。

 

f:id:usagi-on-the-moon:20180716152444j:image


この写真のような、排出される胸水を溜める箱のようなものと繋がれ、何をするにもその箱と一緒でした。

周りから見れば、いや自分で見ても、その管に繋がれた姿は痛々しく弱々しい患者に見えます。

自分が病人だという自覚も湧いてこの先への不安も日に日に募っていきました。


検査入院とはいえ、胸水が思ったより早い速度で大量に排出されるため、ドレーンを抜くことが出来ず当初より長い入院生活。

 

この頃はドレーンの痛みにも少し慣れ、1日のうち検査のない時間は病室の窓際で外を眺めて過ごすことが多かったです。

外は桜の咲く季節へと変わり、病室の窓から咲きはじめたばかりの桜を眺め春を感じていました

今年は無理でも、来年はお花見がしたい

願わくは花のもとにて…と考え始めたのはこの頃。

 

どんな検査をしても、相変わらずの原因不明

それでも『こんな大きな病院にいるのだからそのうち治る』と軽い気持ちだったし、管から胸水を抜いているので呼吸が苦しくなることもなく、痛み以外はそれなりに元気で病棟内なら自分の足で歩くことも出来たし、この先もっと苦しい日々が来ることは予想さえしていません。

ステロイドの服用はこの数ヶ月先のことでした

 

<次回へ続く…>