願わくは花のもとにて

謎の病と難病による入院生活の振り返りとその後の生活

言えなかったことば 20年後のありがとう

毎年、『母の日』が来るたびに思い出す苦い記憶。

 

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言えなかった「ありがとう」

高校生の頃、私は反抗期真っ只中で母親とは口喧嘩ばかりしてました

 

普段の何気ない一言に、すぐにいらっときてしまう

 

母「ご飯何食べたい?」

私「何も食べたくない」

母「何でもいいならわかるけど、何も食べたくないはないでしょ」

私「…(無言)」

 

常にそんな感じ

いつも何かにイライラしていて、素直になれない自分が嫌でイヤでしかたありませんでした。

 

 

卒業間近のある日

学校からの帰り道、雨が降りだし帰れなくなった時のこと

 

駅近くのデパートで雨宿りしながら、家に電話して迎えに来てもらうことに。

母は運転できないので父が運転し、父と母二人で迎えに来てくれました

 

同じように、迎えを待つ学生がたくさんいて、お店の前の道路は渋滞気味。

もう昔のことで何を言われたのかは忘れましたが、一言イヤミを言われたのだと思います。

車の中で、私はふてくされたような態度をとっていました。

 

しばらくすると、ふいに母から

「はい、プレゼント。さっき買い物へ行ったら安く売ってたからあなたに似合うと思って」

 

そう言って手渡されたのは、私の誕生石がついたネックレス

子どものオモチャのようなアクセサリーしか持っていなかった私にとって、それはとても嬉しい物でした。

それなのに、さっき言われた小言を引きずって、相変わらずの機嫌の悪さ。

車の窓から外の雨をただぼーっと見つめていただけでした。

 

「なんだ、『わー』って言う(喜ぶ)と思ったのに言わないね」

父とそう会話しているのが聞こえ、さすがに自分の態度を後悔したのですが、どうしても素直に『ありがとう』が言えませんでした。

 

 

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20年後の「ありがとう」

あれから20数年。

反抗期を過ぎてからの私は元々の温和な性格に戻り、母と喧嘩をすることもイライラすることもほとんどなくなりました。

 

社会人になってからも、しばらくそのネックレスをつけて仕事をしていましたが、恋人ができ、プレゼントでアクセサリーをもらうようになってからはつける機会は減ってしまいました。

 

 

今年の母の日、久しぶりにそのネックレスをつけて会いに行くと

「それ、高校生の時に買ってあげたんだよね」

と嬉しそうな顔で懐かしそうにネックレスを見つめる母。

私にとっては、思い出すたびに心が痛くなる出来事なのですが、母は当時の私の態度はもうすっかり忘れてしまったようで

「うちの子には反抗期がなかった気がするわ」

なんて言うのです。

私的には、かなりの反抗期だった気がするんですけど…

 

もう十分すぎるほど大人になった私。

今では、プレゼントはもらうより贈る方が多くなりました。

母の日には、ささやかながら贈り物をしたり美味しいものを食べたり…

今でも心配をかけてばかりですが

思い出とともに20年分の感謝を込めて

『お母さん、ありがとう』

 

 

母の日に、ありがとうのメッセージを花びらに刻んだ贈り物はいかがでしょう

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誕生石とメッセージを花びらに【プリザーブドフラワー】